一人で京都を旅してわかったこと|ソロ旅だからこそ見えた本物の京都

先月、思い切って一人で京都に行ってきた。もともと「京都って修学旅行で行くところ」くらいのイメージしかなかったし、正直なところ「一人で行って楽しいのかな」と半信半疑だった。でも結論から言うと、めちゃくちゃよかった。むしろ一人だったからこそ感じられたことがたくさんあって、旅って本来こういうものだよな、と気づかされた3泊4日だった。今回はその体験をそのまま書き残しておこうと思う。

朝の京都は別の街みたいだった

旅の初日、ホテルにチェックインして夜はさっさと寝て、翌朝5時半に起きて外に出てみた。これが本当に正解だった。早朝の嵐山は、観光客がほぼゼロで、竹林の中を一人で歩いているような状態だった。昼間に同じ場所を通ったら人だらけで、写真を撮るのも一苦労だったから、あの静けさがどれだけ特別だったかよくわかった。

祇園の石畳も朝は静かで、舞妓さんらしき人が小走りで通り過ぎていくのを遠くから見かけた。声をかけるとかそういう話じゃなくて、ただその光景が絵みたいで、しばらく立ち止まってしまった。一人旅じゃなかったら「早起きしようよ」って言い出せなかったかもしれない。自分のペースで動けるのが、こんなに大事だとは思ってなかった。

有名どころより「路地」のほうが面白かった

金閣寺も清水寺も行った。もちろん綺麗だったし、行く価値はある。でも正直、一番テンションが上がったのはそういう有名スポットじゃなくて、地図にも載っていないような細い路地や商店街だった。

錦市場は有名だから知ってたけど、そこから一本外れた路地に古い豆腐屋や漬物屋が並んでいて、地元のおばちゃんたちが普通に買い物していた。観光地化された場所じゃなくて、本当に「生活している京都」があって、そっちのほうがずっとリアルだった。一人だと立ち止まる場所を自分で決められるから、気になったら5分でも10分でも路地をぶらぶらできる。グループだったらたぶんスルーしてた場所に、一番の思い出が詰まってた。

お店の人との会話が旅の密度を上げてくれた

一人だと必然的に、お店の人と話す機会が増える。カウンター席の小さな定食屋に入ったとき、隣に誰もいないから大将と自然と話すようになって、「この辺で地元民しか行かないおすすめってありますか」って聞いたら、めちゃくちゃ丁寧に教えてくれた。

その流れで教えてもらった上賀茂神社近くの小さな甘味処に行ったんだけど、これが本当によかった。観光ガイドには載ってないお店で、かき氷が絶品で、店主のおばあさんとも少し話せた。こういう「地元の人から教えてもらう情報」って、ネットで調べても出てこないことが多くて、一人旅の最大の強みだと思う。グループだと会話の相手が仲間になるから、お店の人と話す機会ってあんまり生まれないんだよね。

「何もしない時間」が意外と必要だってわかった

3日目の午後、鴨川沿いのベンチに座って、1時間くらいぼーっとしていた。予定では別の寺を見に行くはずだったけど、なんとなく動く気になれなくて、そのまま川を眺め続けた。最初は「時間もったいないかな」と思ったけど、途中からそんな気持ちもなくなって、ただ流れる水と行き交う人を見ているだけで頭の中が空っぽになった。

普段の生活って、常に何かをこなしていないといけない感覚があって、空白の時間をつくるのが難しい。でも旅先で一人でいると、何もしないことへの罪悪感がなぜか薄れる。あの鴨川のベンチで過ごした1時間が、今回の旅で一番「旅してる」と感じた瞬間だったかもしれない。

京都は「リピートしてはじめて好きになる街」だと思った

今回の旅を終えて、一番強く感じたのは「また来たい」という気持ちだった。それも、「次はあそこに行こう」という具体的なイメージが頭の中にすでにある。行けなかった場所、通りすぎた路地、気になったまま入れなかったお店。京都って、一回で全部わかろうとするより、何度も来ることで少しずつ自分の街になっていく場所だと思う。

一度行けばわかった気になれる観光地とは違って、京都は「まだわかってない」という感覚を毎回持ち帰らせてくれる。それがかえって魅力なんだと、今回初めて気づいた。観光客として消費するんじゃなくて、街と少しずつ関係を深めていく感覚、とでも言えばいいのかな。

一人旅って、慣れるまでは少し怖い気持ちもある。でも実際にやってみると、誰かと一緒に旅することとはまったく別の体験ができる。京都みたいに奥行きのある街だと、その良さがさらに際立つ。次は秋の紅葉シーズンに来ようと思っている。今度は嵐山じゃなくて、東山の方をもっとゆっくり歩いてみたい。一人で、朝早く、地図をあまり見ないで。そういう旅が、今の自分には一番合ってる気がしている。

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